「死にたい」の言葉から「生きたい」のサインを汲み取る活動_『自殺する私をどうか止めて』By西原由記子

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photo credit: alecska via photo pin cc

自殺、13の危険信号
□ 自分の内にひきこもり、まわりの人と関わりを持てない。
□ 家族の誰かが自殺している。
□ 自殺を試みたことがある。
□ 自殺の方法を決めている。身辺整理をしている。
□ 憂鬱な状況を不安な口調で訴える。
□ アルコールや薬物に依存している。
□ 肉体的苦痛を伴う病気にかかっている。
長期にわたる不眠を訴えている。
□ 役に立たない無用な人間だと感じている。
年配の人では、引退を認めたくない気持ちがある。
□ 疎外感、孤独感、根なし草のような漂流感に悩んでいる。
□ 人との接触がほとんどない。
□ 自分なりの人生哲学を持っていない。
□ 金銭上の心配事がある。
□ 気分が上下している。特に気分が少し良くなりかけた時に、
自殺を実行するエネルギーが生まれる。

<リンク>自殺、13の危険信号
上記のチェックリストは、本書の巻末辺りに収録されている「自殺、13の危険信号」です。自分又は自分の身の回りにこれらのチェックリストに該当する方がいらっしゃいませんか? もしチェックリストに該当する方がいらっしゃったら、その方は「自殺」をする可能性がゼロでは無い方かもしれません。
ちなみに、現在の状況で僕が当てはまったものは(3)と(12)の2つでした。2年程前の事を思い出すと、以前は該当するものが多かったので、そう考えると自殺の危険は少なくなっていると自分では思います。しかし、同時にゼロではないなとも自分自身では自覚しています。

「自殺したい」「死にたい」

恐らく一般に軽い気持ちや冗談感覚と口にすることがあっても、本気で考えることは少ないかもしれません。ただ、毎年3万人以上の人が自殺により死亡しているという事実は、誰もが自殺をしてしまう可能性があるということを示唆しているものでないでしょうか?

そんな気持ちに襲われてしまった人々が自殺をしてしまうことを防止する最後の砦の一つとなり得るのが、今回ご紹介させていただく書籍の著者・西原由記子さんが代表をつとめる「自殺防止センター」です。

本書は著者がこれまで行なってきた活動の変遷、活動を行なってきた中で感じた学び、そしてこれからの課題等をまとめたものです。少々、ショッキングなタイトルに釣られて読み始めた(その理由は最後に書きます。)のですが、代表者を始め、ボランティアの方々の活動に向けられた熱い想いや自殺を試みる人達の心の葛藤等が生々しく描かれていて、引き込まれるのと同時に、学ぶべきことが多々ありました。

自殺防止センターの誕生と活動原則

自殺防止センターの歴史は意外と古く、「心と心のふれあいを大切に」という合言葉に、電話回線2本とボランティア36人という少ない資源で1978年1月20日に開設され、30年以上の歴史があります。深夜から朝の時間帯を中心に電話相談を主にし、緊急時には面談や自宅訪問等も行い、更に人間関係に疲れた人々が集まって語り合う「コーヒーハウス」という場所を提供するなど、自殺防止のため幅広い活動を行なっています。
また、自殺防止センターは国際的な自殺防止機関である国際ビフレンダーズに1983年に加盟しており、この機関が掲げる7つの原則をもって活動しているそうです。その原則とは次のようなものです。

①24時間いつでも相談できるようにする
②ビフレンディング(友達の役割を担い、一定期間支え続けること)を提供
③相談者は自殺する自由、相談をやめる自由がある
④秘密保持を約束する
⑤援助には訓練を受けたボランティアがあたる
⑥必要ならば専門家の支援を勧める
⑦政治、哲学、宗教に関して自分の確信を相談者に押しつけることを禁じる

(P37)
このうち③④に関しては、ボランティアの間でも受け入れることに賛否があったそうですが、ある人の死を経験に機に、その原則の重要性を知ったそうです。その学びについて筆者はこう述べています。

自殺防止活動とは、自殺したいと訴える人の感情を避けようとするのではなく、共にそれを味わい、死を恐れず、四に直面することです。さらに、相談者の決断を重んじることです。(P39)

このような活動をボランティアでやられている方々は、それぞれの想いがあって活動されている方が殆どだと思うので、③のような一見、「見捨てる」と取れるような行為を受け入れることは容易ではないことが想像できますが、それでも自殺志願者本人の想いを受け止めることの難しさ、自分の考えを押し付けることの無意味さ、最後には結局本人の考えを尊重するしかないというやるせなさを感じつつも、本人の決断を重んじるという考えは必要であることを、筆者と同じように自分自身の経験から学んだことでもあるので、理解できます。

「死にたい」は「生きたい」のサイン

ところで、一般の人々にとって分かるようで分からない、理解できるようで理解しがたいのが自殺の理由ではないでしょうか? 自殺防止センターにかかってくる電話の相談者で多いのが精神障害を抱えている方だそうですが、それをもって精神障害が自殺の原因であると考えるのはあまりに短絡的です。

僕も以前は全く自殺について全く考えることもなかった普通の人間でしたが、ふとしたことで自殺を決意しました。だから次のような一文が胸に刺さりました。

 私たちはそんなに強いのでしょうか。弱くて傷つきやすい心をもっているのが「普通の人」です。精神の弱い人間が「自殺」を考えるのではありません。~(中略)~人生の苦境に立たされたとき、孤立無援状態になり、自分の存在理由を見失ってしまうのは、誰にでも起こることです。(P141)

そんなんです。誰もが自分は有り得ないと思っているかもしれませんが、誰にでも起こり得ることなのだと思います。自分の存在価値を見失い、追い詰められていくと意外とあっさり「死にたい」という想いにたどり着いてしまうものです。そんなとき、その想いを誰かに伝えることができるでしょうか?

これも自分の経験から言うと「No」です。家族、友達…、親しければ親しい程、言えないこともあります。そんな時、相手が見えないからこそ、思い切って自分の悩み、辛さ、弱みを吐露できるのが電話相談なんだと思います。

本書の中でも述べられていますが、相手が見えない電話相談だからこそ気持ちが通じ合い、真実が伝わることもある、「死にたい」と言いながらも、心の中では「生きたい」と叫んでいる相談者の想いを受け止められるのでしょう。

相談者・ボランティア活動から得た学び


本書には相談者から、そしてボランティア活動を通じて得た学びについて、実際の相談例等を挙げつつ紹介されていますが、その中で、重要かつ大変だなぁと感じたのが、聴くことの難しさ分かろうとする努力です。

話すスキルはもちろんですが、それ以上に聴くスキルの重要性が最近は重要視されつつあるようで、傾聴・カウンセリング・コーチング・NLPなど心理学を絡めた聞くスキルの焦点をあてた書籍も数多く出版されていますが、本書で出てくるような生死を左右するような緊迫した相談の場面で、冷静の相談者の話を冷静に聞くことは、神経をすり減らす作業であるでしょう。
著者はそんな聴くことの難しさをこう表現しています。

 苦しんでいる人の訴えを聴きながら相手のことをあれこれと考えて答えを出そうとしてしまうのです。~(中略)~つい考えてしまって何か言わなければならないような気になるのです。~(中略)~聴けていないのは考えているからです。(P151)

また、あれこれ考えると、つい「○○してあげたくなる」そうです。この感情は勿論相談者の役に立ちたいという感情から生まれるものですが、これは相談者からすると同情的な態度上から目線と取られ、相談がうまく進まないこともあるそうです。

あくまで、相談を受ける人は、理解できるできないを問わず、また自分自身の判断や経験に当てはめず、エネルギーを集中して聴くように心がけることが大切です。

しかし、一方で、分かろうとする努力をすること、つまり本気で相談者に向き合うことは忘れてはいけないようです。その際に注意しなければいけないことは、相談者の悩みや苦しみを「分かる・分かります」とは言わないこと。

これは悩みの程度の差こそあれだれもが経験しているにも関わらずつい言ってしまう又言われる言葉の一つではないでしょうか? そんなとき貴方はどう感じますか?

「経験(体験)したのは俺(私)なんだから、本当の気持ちは分かるわけない!」

と憤りを感じたりしませんか。

せいぜい「わかるような気がする」というのが正直な言葉です。「共感が大切」というのは簡単ですが、それを実行するのはなかなか難しいのです。(P95)

と筆者も難しさを述べていますが、相手を本気でわかろうとする努力、相手の想いを受け取る覚悟は相談者には伝わると訴えています。


本書を手に取ったのは、たまたまタイトルが目についたからです。そのタイトルを目にした時に思い浮かんだ言葉は、

「またか……」

です。僕はノンボーダーとしての経験もいくつかブログ記事にしていますが、境界性パーソナリティ障害を抱える人は、度々自殺企図・自傷行為をしてしまうこともあるため、その度に振り回されてしまい、次第に、「自殺」という普通なら重いことが軽く感じてしまいます。つまり感覚が鈍ってきます。

だから普通の人なら驚くような「自殺」についてもどこか醒めた感覚を持ってしまっています。自分が病んでくると更に

「自殺したいならすれば…」

というような感情さえ浮かんでくるもんです。だから、最初にタイトルを見たときは、何かちょっと複雑な感情で読み始めましたのです。

また、これはしっかりと記載があるわけではないので僕の経験上の憶測ですが、P132~のエピソードは恐らく人格障害の方のエピソードであると思われるですが、改めて心の病の難しさを痛感させられもしました。
と、最後にこのようなことを書くと、本書の内容に否定的かのように思われるかもしれませんが、全くそのようなことはありません。

前述のように、人は切羽詰った状態になると、意外と誰にも相談することができなくなります。そのような時に「死にたい」と素直な気持ちを吐き出すことができる「自殺防止センター」のような機関があること、そしてその「死にたい」という相談者の言葉から「生きたい」という気持ちを察して寄り添ってくれるボランティアの方々がいること、は本当に素晴らしいことであると思いますし、そこに携わっている方々の努力に対しては本当に尊敬しています。

毎年当たり前のように自殺者が3万人を超える異常事態のなか、最後の砦として相談者の想いを受け止める活動を、本書を通して色々な人に知っていただければと思います。

<連絡先>
東京自殺防止センター 03-5286-9090
大阪自殺防止センター 06-6260-4343
宮崎自殺防止センター 0985-77-9090
熊野自殺防止センター 05979-2-2277
岩手自殺防止センター 019-621-9090
・愛知自殺防止センター 0568-70-9090
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