【Non-BP Life】BPD当事者との関係性の違いで許容範囲が違う?!

20120508_1
photo credit: the half-blood prince via photo pin cc

先日、BPD家族会、5月の月例会に参加してきました。家族会に参加するのはこれで3回目ですが、毎回新しい発見があり貴重な体験をさせていただいております。しかし、同時に出席するだけでもパワーを必要とし、又かなり精神的に揺れるため、意図的に出席する間隔をあけて参加することにしています。

家族会の内容に関しましては、前回の参加報告の時も記載させていただきましたが、その内容には守秘義務があるため、詳しくお伝えすることができません。ただ、当ブログのようなBPD関連の内容を専門に扱っているわけではないブログでも、アクセス解析で調べてみると、「BPD」「家族会」「ボーダー」等のキーワードでたどり着いておられる方もいらしゃるようですので、少しでもお役に立つことがあればと思い、僕なりの見解を書かせてもらっています。

僕は、医者でもないし、カウンセラーでもないため、BPDに関する一般的な見解とは異なることもあるかもしれませんが、それはあくまで個人的な主張であると捉えていただければ幸いです。

BPD、Non-BP両者のお話が聞ける貴重な体験

さて、今回の家族会の内容ですが、家族会のHPに記載されていることをそのまま一部転記させていただきます。

 クローズアップ現代、境界性パーソナリティー障害18歳のカルテの主人公である、○○さんとお母様の●●さんに体験談を語っていただくことになりました!
現在○○さんも20歳になりました。なんと今は、一人暮らしをはじめ、学校の勉強を再開し、さらにはバイトも始めているそうです。そのような回復に至るまでの壮絶な闘いからどのように現在の状況にまで回復していったのか貴重な体験をお聞きすることができると思います。

ということで、実際にBPDを患っている本人様と、その本人を最も傍で支えていらしたお母様の両方の立場からの体験をお聞きすることができ、大きな気付きを得ることができました。できれば、その内容を多くの人にシェア出来ればとも思うのですが、家族会の規則があるため、詳しくはお伝えすることができないのが残念です。

ただし、同内容は、8月16日に大阪でも開催されるようですので、もし気になる方、是非お話を聞いてみたいという方は、BPD家族会のHPにアクセスしてみてください。

「BPDの方の家族会」HP → 5月東京月例会&8月関西月例会 BPD当事者とその家族の体験談に関するお知らせ

BPD当事者との関係性の違いで許容範囲が違う?!

ということで、今回も家族会に参加させていただいて僕が個人的に感じたこと、発見したことを書くことにします。今回は大きく2つ感じたことがあったのですが、まず1つ目は、ノンボーダーは基本的に皆、ボーダーに苦しむ身内を支えたいという想いは一緒ですが、ボーダーの方との関係の違いによりその考え方は異なるのではないか、ということです。

ボーダーの方との関係は、大きく分けて、両親や兄弟姉妹等であるか、夫や妻、或いは友人や同僚等であるかに大別することができます。僕はBPD家族会の中の人ではないので、統計的はわかりませんが、見た感じだと、子供がBPDという方が8割以上を占めているような感じがします。

そんななか他の方のお話を聞いていると、時々違和感を感じることがありました。なんというか、共感出来ない部分が結構あることがあります。この違和感を最初に感じたときは、それは自分の相手に対する「配慮の欠如」や「思いやりのなさ」からきているのかと思いましたが、それは違うのでないかと思うようになりました。

ちなみに僕は奥さんがBPDであるため上記の分類だと後者に該当するわけですが、前者との違いには次のようなことがあるのではないかと思います。

①自殺未遂や自傷行為など非日常的な出来事への対応がより難しい
②自分自身の人間関係を保つことがより難しい
③仕事の立場上、時間的な余裕がない
④金銭的に支えていくには余裕がない

まず①についてですが、両親や兄弟姉妹等がBPDである場合、身内の方は最初に異変を感じてから自傷行為等に発展するまでの過程を見れるため、ある適度は起こりうる最悪の事態を想定できる場合が多いと思います。一方、身内等でない場合には、関係が深まった後にいきなり態度が豹変し、いきなり自傷行為を体験することがあるため、不意を突かれるというか、対応が家族と比べるとより難しいと思います。

そして、②は意外と思われるかもしれませんが、BPD本人が元々の家族ではない場合のほうが、他の人に2人の人間関係を説明するのが難しいと思うからです。これは僕の実体験から感じたことなのですが、例えば子供や親がBPDだとしたら基本的に何があったとしても見捨てることはできませんよね。その体験を周りの人に話したとしても、その周りの人は、その人が見捨てることができないのを知っているから「同情」や「共感」をしてくれるかもしれません。

一方、家族で無い場合、その体験を周りに話すと、共感などはされません。十中八九「別れなよ」「危険だよ」などと忠告を受けるでしょう。そこで「別れる」という選択を取れれば良いのですが、僕のようになんとか助けたいと考えると、否定されることへの恐れから、周りから孤立していく可能性が高くなります。

③と④に関しては一対かもしれませんが、例えば子供が10代の頃にBPDと診断された場合、その両親は30代後半~40代にはなっていますよね。これはあくまで一般論ですが、その場合、その両親は仕事上ある程度の役職に就き、ある程度仕事のやり方を確立し、また金銭的にもある適度稼いでいるはずです。だから、ある程度のBPD本人を支える余裕があると思います。

しかし、例えば若い時期にお付き合いした相手がBPDだった場合、仕事はこれからキャリアを積み上げていかなければならない、お金も現状は余裕がないという状態で相手を支えようとするのは、時間的にも金銭的にも想像以上に困難を極めます。

自分が失ったモノに対する恨みは想像以上に深かった

今回の講演を聞いていて思ったもう1つのことは、自分はまだ過去のことをうまく消化できていないんだなぁ、ということです。

BPD当事者のお話を聞くことができる機会というのは、自分の身近にいるBPD当事者を除いては、ほぼありませんよね。まぁ、ネットの掲示板やブログ等ではBPDの方のページは結構ありますが、この手のページでは、どちらかというと不幸自慢のようなネガティブな情報が多く、なんとか今の状態から抜け出すために何か役に立つ情報が欲しいと願いノンボーダーの立場からするとあまり価値がある情報が多いとは言えません。
その点で、実際に症状が回復して実社会に復帰している方のお話を聞ける機会というのは、非常に貴重で得るものが多いに違いないと参加前には思っていました。

しかし、実際にお話を聞いている最中に自分に湧き上がった感情は意外にも「苛立ち」でした。最初に断って起きますと、これはその講演をされたご本人様の内容が酷かったということでは全くありません。むしろ、最悪だった状態から回復の過程にある現在に至るまでの出来事、そしてその時々の感情の動きが上手くまとまっていて、聞き手としては非常に感銘を受けたほどです。

それでは、その反面「苛立ち」を感じたのは何故か?

それは恐らく、そのお話の内容が上手くまとまっていたからだと思います。これはもう受け取る側、つまり僕自身の問題なのですが、その回復までの過程が文章として上手くまとまり過ぎていて、「イラッ」としてしまったのです。そして、一度こういう考えに囚われてしまうと、もうその後は最後まで冷静に聞くことはできませんでした。怒りを押さえ込むのに必死でした。何どもいいますが、次の感情は、ご本人様に向けたものではありません。ただ、こう思いました。

「自分本位すぎる」
「美化しすぎている」

僕はノンボーダーとして、BPDを患うパートナーと生活するなかで、多くのものを失ってきました。それは、大切な友達、仕事、お金、健康など、人が生きていく上でなくてはならない大切なものばかりです。その大切なのを失ってでも、パートナーのためという大義名分を自分の心の中に掲げ、全てを犠牲にしてきました。

もちろん、このような対処方法は間違った方法であることは分かっていますが、それでも僕のように誰かのためと自分を犠牲にしてしまう罠に陥るノンの方は多いでしょう。まぁ、それでもいいのです。自分が選んだ道だから。ただ、せめてBPDのパートナーには理解して欲しいと常に思っています。

「こっちが失ったものが、どれだけ大きいものなのか」を。

僕もこのことについてはパートナーと話し合いをもったことがあり、以前なら激論に発展していたこの手の話題も、パートナーはだいぶ理解してくれています。だからこそ、僕は大げさな言い方をすれば、相手を「許した」のです。しかし、「許した」と思っていたのに、「苛立ち」のような感情を持ったということは、まだ本心では相手のことを「許す」ことができていないんだなぁ、と実感しました。

いい大人なんだから、大きな心を持って相手を包み込むことが出来れば良いのですが、まだそれが出来ない小さな自分に直面したことが情けなくもありますが、良い発見でした。

 自分が考えている以上に、自分自身を否定されてきた恨みの根は深いと……。

ポーダーの方の症状が回復することが如何に大変であるかは、僕は理解しているつもりです。しかし、そのボーダーの方に振り回されたノンボーダーの方が自分を取り戻すこともまた大変なことなんですよね。

ただ、このあたりの意識というか受け取り方も、BPDの方が子供や兄弟姉妹であった場合と、それ以外の場合では少し異なるんだろうなぁとは思っています。恐らく子供や兄弟姉妹などがBPDに苦しんでいるノンの方がこの文章読んだら、「冷たい奴だ」と感じるでしょうし。


などなど、家族会に参加すると、色々な役立つ情報を得られるのと同時に、自分自身を見つめ直す機会にもなります。

それは、自分の良い面に気付くことだけでなく、嫌な面にも思いがけず気付かされてしまうこともあるので、心が乱されることもありますが、これらはBPDのパートナーと共に生きるためには乗り越えなければいけない壁なんでしょうね!
人気ブログランキングへ ブログランキング・にほんブログ村へ

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする